批評家40%、観客97%——この乖離の正体を字幕版で確かめてきた
2026年6月13日、土曜日。前日に全国公開されたばかりの映画『Michael/マイケル』を観るため、私は朝から劇場へ向かった。チケットを取った回はほぼ満席。開演前から、場内はどこか高揚した空気に包まれていた。
本作は“キング・オブ・ポップ”ことマイケル・ジャクソンの半生を描いた公式伝記映画だ。監督は「トレーニング デイ」「イコライザー」シリーズのアントワーン・フークア。そして主演には、驚くことにマイケルの実の甥であるジャファー・ジャクソンが抜擢されている。日本では前日の6月12日、全国390劇場で公開初日を迎え、動員19万7,826人、興行収入3億1,756万3,940円を記録。国内の伝記映画史上No.1となるオープニング成績をいきなり樹立していた。上映時間は127分、日本の映倫区分はGで、家族連れでも安心して観られる作品になっている。
劇場に向かう前、私はこの映画についてある奇妙な噂を耳にしていた。海外の映画評価サイト・Rotten Tomatoesで、批評家スコアがおよそ40%と芳しくない一方、観客スコアは96〜97%という驚異的な高さを記録しているというのだ。観客の満足度を測るCinemaScoreでもA−という高評価。批評家と観客の評価がここまで両極端に割れる作品を、私はほとんど見たことがない。一体なぜなのか。その答えを自分の目で確かめるつもりで、私はスクリーンに向き合った。
実の甥ジャファー・ジャクソンが見せた、2年がかりの憑依的な役作り
主演のジャファー・ジャクソンは、マイケルの兄ジャーメイン・ジャクソンの息子、つまりマイケルの実の甥にあたる。キャスティング・ディレクターのキンバリー・ハーディンによって見出され、マイケルの母キャサリン・ジャクソンからも「息子を体現している」と太鼓判を押されたそうだ。とはいえ彼にとって本作が映画デビュー作であり、演技もダンスもほぼ経験ゼロからのスタートだったという事実には正直驚かされる。
準備期間はおよそ2年。最初の1年は演技コーチのもとで基礎的な演技と発声を学び、マイケルの肉声テープを繰り返し聴き込んで、自分の声として自然に発話できるまで訓練を重ねたという。後半は、マイケルがかつて暮らし、ジャファー自身も育った邸宅にトレーニング環境を再現。実際にマイケルが使っていたダンスルームで、鏡の中の自分をマイケルだと錯覚できるまで踊り込んだというから、その没入ぶりは尋常ではない。中でも「ビリー・ジーン」のパフォーマンス習得には、ほぼ1年を費やしたそうだ。衣装がダンスの見え方にどう影響するかまで研究し尽くしたという執念のエピソードを知った上でスクリーンを観ると、あの一挙手一投足に込められた重みがまるで違って見えてくる。
幻の結末——法廷問題が生んだ、もうひとつの『Michael/マイケル』
実はこの映画、当初はまったく違う結末になるはずだった。撮影済みだったオリジナル版は、1993年にマイケルが直面した児童性的虐待疑惑と、警察によるネバーランド捜索のシーンから幕を開け、終盤でも再びこの疑惑と裁判がマイケルを蝕んでいく様子を描く、かなりダークな構成だったという。
ところが撮影を終えたポストプロダクションの段階で、製作を兼ねるジャクソン財団側の弁護士がある見落としに気づく。1994年に告発者側と結ばれた和解合意書に、いかなる商業作品においても告発者の存在を描写・言及することを禁じる条項が含まれていたのだ。この発覚により、すでに撮影済みだった1993年関連のシーンはすべて破棄せざるを得なくなった。財団側の過失だったことから財団が追加費用(10〜15億円規模とも報じられる)を負担する形で、2025年6月に22日間の大規模な再撮影が行われている。もともと2025年4月に予定されていた公開は、この騒動により結果的に1年ずれ込み、2026年4月のワールドプレミア(ドイツ・ベルリン)を経て世界公開となった。
結果として映画のラストは、1988年のバッド・ワールド・ツアーでの圧巻のパフォーマンスへと変更された。スキャンダルや転落ではなく、栄光の絶頂で幕を閉じる構成に生まれ変わったのだ。この経緯を知ってから鑑賞すると、あのラストシーンの高揚感がなぜここまで突き抜けているのか、腑に落ちる部分が多い。
なぜ批評家は酷評し、観客は熱狂したのか——世界興収10億ドルの記録
批評家と観客の評価差は、本当に極端だった。Rotten Tomatoesでの批評家スコアは40%前後にとどまり、「歴史を漂白している」「内容が薄く慎重すぎる」という批判が目立つ。一方で観客スコアは96〜97%、満足度指標のCinemaScoreでもA−と、伝記映画としては異例の高評価を記録した。批評家は1993年以降のスキャンダルを描かないことを物足りなさとして指摘するが、観客が劇場に求めていたのはスキャンダルの追体験ではなく、圧倒的なパフォーマンスへの没入感だったのだと思う。実際に鑑賞してみて、私はこの「観客側」の感覚に強く頷いた。
興行面でも記録づくめだ。全米オープニング興収は約9,700万ドル、世界初週興収は約2億1,700万ドルを記録し、伝記映画の週末興収記録を塗り替えた。そして2026年7月、ついに世界累計興行収入が10億ドルを突破。伝記映画というジャンルで初めて到達した金字塔であり、『オッペンハイマー』を抜いて歴代最高興収の伝記映画にもなった。配給を担うライオンズゲートにとっても、スタジオ史上初めて10億ドルを突破した作品になったという。批評家の酷評が興行に一切のブレーキをかけなかったという事実こそ、この映画が「観客のための映画」であることを何より雄弁に物語っている。
日本を巻き込んだ応援上映という現象、そして続編への期待
日本での盛り上がりも尋常ではない。公開後は毎週のように入場者プレゼントが展開され、公開5週目には国内累計興行収入が57億2058万1430円に到達。2026年公開の実写作品としてNo.1記録を更新し続けている。
さらに、マイケルの命日である6月25日からは、全国212劇場(延べ243劇場)で「応援上映」がスタートした。声出しやコスプレ、応援グッズの持ち込みが可能な特別上映で、劇場がまるでライブ会場のような熱気に包まれているという。通常上映で物語にじっくり向き合った後、応援上映で改めてパフォーマンスシーンを浴びるように楽しむ、という2段階の楽しみ方ができるのも本作ならではだ。
続編についても期待が高まっている。ライオンズゲートは少なくとも1本の続編製作を見込んでいるとされ、フークア監督も続編への強い意欲を語っているという。ただし、1993年以降のエピソードを描くには和解条項という壁がまだ残っており、実現までの道のりは平坦ではなさそうだ。それでも、この作品が切り開いた「音楽伝記映画×ライブ体験」という新しい鑑賞スタイルは、しばらく語り継がれることになるだろう。
まとめ
『Michael/マイケル』は、批評家からは厳しい評価を受けながらも、観客からは歴史的な支持を集めた、非常に珍しい作品だ。ジャファー・ジャクソンの憑依的な演技、法廷問題によって生まれ変わった祝祭的な結末、そして世界と日本で更新され続ける興行記録。そのすべてが「観るべき理由」として積み重なっている。
正直に言えば、批評家スコアの40%という数字だけを見て敬遠するのは、あまりにもったいない。これは私自身の率直な感想でもある。まずは劇場の大きなスクリーンと音響で、あのステージの熱をぜひ自分の目と耳で確かめてみてほしい。


